HOMEHowto

江戸時代、カステラの最も人気のあった食べ方は?

こんにちは、アイデアマン養成コーチの寺ちゃんです。

アイデアマン養成所の喫茶室で、ひらめき先輩、
新入社員のアイちゃん、デアくんの三人が雑談をしています。

ひらめき先輩
「いや、すっかりご無沙汰しちゃって。久しぶりにブログを見たら、
でっかい広告が載っていてびっくりしちゃいました」

アイちゃん
「一カ月以上更新しないと、広告が掲載されるんですよ」

デアくん
「そんなことも知らないんですか?」

ひらめき先輩
「いやいや、知ってますよ。ちょっと忙しくて更新できなかった
だけです。読者の方には申し訳なかったと思っていますよ」

アイちゃん
「きょうはどんな話をしてくれるんですか?」

ひらめき先輩
「きょうはカステラの話でもしましょうか」

アイちゃん
「カステラ?」

デアくん
「話より食べるほうがいいな」

ひらめき先輩
「まあまあ、そう言わないで。カステラは16世紀にポルトガルの
宣教師によって日本にもたらされました。そのルーツは、ポルトガル
だけでなくスペインにもあるようです」

アイちゃん
「スペインにも?」

デアくん
「ポルトガルだけかと思ってた」

ひらめき先輩
「ポルトガルでの発祥はポルトガル北部とされ、カステラの原型は
主に修道院の尼僧によって作られたお菓子『パン・デ・ロー』と
されています。一般の人々は復活祭やクリスマス、結婚式などの
ときにしか食べられなかったようですよ」

アイちゃん
「へぇ、そういう食べ物だったんですか?」

デアくん
「貴重なお菓子だったんだね」

ひらめき先輩
「で、カステラという名前は、日本に来ていたポルトガル人に
そのお菓子のことを尋ねたところ、ポルトガル人は
『カステラ(カスティーリャ)のお菓子』と答えたそうです。
カスティーリャは、ポルトガル語でカステラと発音したようで、
それでカステラと呼ばれるようになったと言われています」

デアくん
「それ、聞いたことある」

ひらめき先輩
「スペインでのカステラの原型は、大航海時代に生まれた『ビスコチョ』。
1492年にカスティーリャ王国のイサベル女王が派遣したコロンブスが
新大陸を発見し、カスティーリャ王国の領土としました。このカスティーリャ
地方が、カステラの由来と有力視されています。「ビスコチョ」の語源は、
ラテン語の『2度焼くこと』を意味する『ビスコクトゥス』に由来し、
もともとは船に乗せる保存食だったそうです」

アイちゃん
「保存食か。なるほどね」

ひらめき先輩
「ちなみに、カステラの原型とされるお菓子を初めて食べた日本人は、
薩摩生まれの修道士ベルナルドと言われています」

アイちゃん
「修道士?」

デアくん
「ベルナルド?」

ひらめき先輩
「日本で布教を終えたフランシスコ・ザビエルに同行して、日本人で
初めてポルトガルに渡りローマ法皇に謁見した人です。修道院で修行して
いた頃に、修道院菓子であるパン・デ・ローを食べていたと考えられている
ようです。ところで、江戸時代、最も人気のあったカステラの食べ方は
何か、分かりますか? 聞いてびっくり、見てびっくりの答えです」

アイちゃん
「ええ、そんなの分からなーい!」

デアくん
「江戸時代だって、現代と同じようにそのまま食べていたんでしょ?」

ひらめき先輩
「当時は、大根おろしをかけてカステラを食べるのが人気だったそうです。
また、お吸い物の具としても食べられていたとか。現在のカステラは、
ふわっとして甘くておいしいお菓子ですが、大根おろしをかけて食べたり、
吸い物の具にして食するなんて、当時のカステラはいったいどんな味が
したんでしょう」

デアくん
「当時の人は、お菓子というものをあまり知らなかったんじゃないかな」

アイちゃん
「だから、食材のような使い方をしたのかな?」

ひらめき先輩
「はい。きょうはこの辺にしておきましょうか。
では、次回をお楽しみに」

このページのトップへ
ブログパーツ inserted by FC2 system